ボストン茶会事件

 ボストン港のイギリス船に男たちが雄叫びをあげて乗り込んできた。積んであった茶箱を片っ端から海に投げ捨てていく。イギリスの船員たちはなすすべもなく、片隅で指をくわえて彼らを見ているが、男たちは茶箱を投げ込むのに夢中なので船員にはまったく危害を加えない。
 「ボストン港をティー・ポットにする!」の叫び声があがると、とつぜん一人の少年が海に飛び込んだ。海はすでに茶で緑に染まっている。少年ががばがばと海の茶を飲み込むのを見て一人、また一人と男たちが飛び込んでゆく。342箱の茶箱をすべて投げ捨て終えてしまうと残りの男もいっせいに身を投げた。騒ぎを聞いてやって来たボストンの人々もつぎつぎと船に登り海に入る。女性や、年端もゆかない少年少女や、歯の抜けた老人たちもやってきて、ボストン港とイギリス船は人であふれかえった。やがてすべての人々が泡を立てながら海中へと消えた。あとに残された船員は呆気に取られていた。

 人っ子ひとり居なくなったボストンの街にはニワトリとコトリとワニが栄えだした。かつての家や商店や工場に住み着き、クックッと声を漏らしながら歩く音、チュッチュッという鳴き声、のっしのっし歩く音が街を満たしている。しかし2,3日もしないうちに家や店にあった食べ物がすべて食べ尽くされてしまうと、ニワトリとコトリとワニは互いに争いをはじめた。ニワトリはコトリをついばみ、コトリは集団でワニをつついてウロコを剥がし、ワニはニワトリを丸呑みにしたがトサカだけは吐き出すのであった。そうして激しい争いが2週間つづいた。街はニワトリのトサカとコトリの足とワニのウロコの山で覆われ、鳴き声や歩く音は聞こえなくなっていた。
 最後にニワトリとコトリとワニが1匹ずつ残った。彼らはついに協定を結ぶことにして、荒らされきった街の喫茶店に入った。これからはお互いを傷つけないように平和に暮らしていこう、そう約束して彼らは談笑をはじめた。
 そこに人間が一人やってきた。彼は行商人であった。背中に大きな茶箱と雨傘をかかえて、猫背で首を前に突き出しながら喫茶店の入り口のベルを鳴らして入ってきた。
 「ここには人間はいないのかい」
 「私たち以外には誰もいません」
 行商人は彼らに茶をふるまった。腹を空かせていたニワトリとコトリとワニは茶をがぶがぶ飲んで、茶箱は一箱空になってしまった。ワニが代金を払おうとしたが、行商人は「いや結構です」と制した。「そのかわりに外にあるトサカと足とウロコをいただきます」さらに、持っていた黒い雨傘をワニに差し出しこう言った。
 「この雨傘を受け取ってください。明日、大雨とともに海から人間が這い上がってきます。きっとその時に役に立つでしょう」
 ワニが頷くと、行商人は空になった茶箱をバッグに戻し、ベルの音とともに喫茶店を去った。

 予言が気になったニワトリとコトリとワニは翌朝港へと出かけた。傘は誰も持つことが出来なかったので、仕方なくワニが口にはさんで持っていった。しかしワニの歩きの反動で、その傘は道すがら牙で砕かれてしまい、使い物にならなくなった。一行は傘の残骸をその場に残し港へと急いだ。
 港に着くと雲行きが怪しかった。空は一面灰色の雲に覆われて雷が鳴っている。3匹がその空を見上げているうちに、海に泡が立ち始めた。そして人間の手が一本海から現れた。3匹は気づかない。
 そのとき空から雨が降ってきた。雨は熱湯であった。のみならず緑色の茶であった。ニワトリはコケコケと、コトリはピチュピチュと、ワニは大地に響き渡る悲鳴をあげて熱がった。熱湯の雨に耐えかねたニワトリとコトリとワニは海に飛び込んだ。
 同時に、ひとりの少年が海から上がってきた。彼の後から続々と、かつてのボストン市民が海から這い上がってきた。男も女も全身水と海草でぬらぬらとしていて、濃厚な抹茶の香りを放っていた。ニワトリとコトリとワニは海の底へ沈んだ。海に濡れたボストンの人々は、トサカも足もウロコもきれいになくなった街を一列に並んで行進しはじめた。先頭の少年が革命の旗を振っている。雨は止み、雲のあいだから朝の光が差し込んで旗を照らした。そうして行進はどこまでも続いていた。