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ハイブリッド・ロボット

 ロボットをつくったんですよ。立派なやつをね。その辺の科学者がつくるような関節ガクガク言語カタコトのへぼいやつなんかとは比べものにもならないくらいの精巧なロボットさ。
 きいておどろくなよ。僕のつくったロボットは、機械の事務処理能力と、人間的な感性を二つながら兼ね備えたものなんだ。それぞれの長所を上手く組み合わせて自在に使い分けることが出来るんだよ。あのハイブリッド・カーに倣って言うならば、さしずめハイブリッド・ロボットとでも呼べるような代物だね。とても画期的な発明なんだよ、君。機械だから計算能力や記憶力は抜群さ。簡単に言えば大脳皮質の代わりにパソコンが一台埋まっているようなものだからね。でも勘違いしないでくれたまえ、僕は人間の脳にあたる部分をすべて精密機械でつくりあげたのではないんだ。そういうものだけでは限界があることは分かりきっているし、人間的感性なぞ作れっこない。では感性を持ったロボットをつくるにはどうすればよいか?君、発想のコペルニクス的転回だよ。機械で人間をつくるんじゃない、人間で機械をつくればよいのさ。いや、これだと語弊があるね。つまりさ、人間がもともと持っている素晴らしく緻密をきわめたからだに、機械を接ぎ木することで、人体の微妙なつくりはそのままに、コンピュータのスペックと、強力な人工肉体を手に入れ、それを自由に使いこなすことができるというわけさ。改造人間?まあ、近いね。でもそれとも少し違うんだ。良く知らないけど、フィクションに登場する改造人間は、常に自分の意思で動くものだろう。改造されて強くなった人間という感じだね。しかし僕のつくったのは、それよりも更にもう一段上のものなんだ。ハイブリッド・ロボット、と言うからにはね。まあ後で分かるよ。
 とにかく、素晴らしい発明なのさ。色々手こずったけどついに完成しちゃいましたよ。いやあほんと、すごいものつくっちゃったなあ僕。えへへ。
 え?誰の体を使ったのかって?そんな犯罪者を見るような目で見るなよ。弟だよ、弟。もちろん合意のうえでさ。何十回と動物実験を重ねて、人体でも成功の見込みはかなりあったし、弟は「超人になれるならそのくらいどうってことないさ」って言ってくれたよ。よほど期待していたとみえて、しきりに僕に色々と質問してきたものさ。普段からよく喋る弟だったけど手術前なんかのテンションの高さには流石の僕も辟易したよ。「今日からぼくもスーパーマンだ。うひひ。ぐひひ」以下同様の奇声が延々と続くというわけさ。あれはまさしく躁だね、躁。
 ああそうかい。早く完成品を見せて欲しいかい。焦らして悪いね。今呼ぶよ。おーい。忠二。
 どうだい。見た目はところどころ悪いけど大したものだろう。さっそく四則演算でもさせてみようか。ほら。九桁かける九桁の掛け算が十題プリントされた計算テストだ。これを解かせてみよう。忠二、よろしく。
 ほうら。すごい速さで答えを書きはじめたぞ。計算そのものは全てコンピュータに受け渡してやっているから、情報伝達のタイムラグを合わせても一秒もかからずに十問とも解けているはずさ。もちろんご覧の通り、答えは手で書くからそこは仕方ないけれど、手の筋肉や腱、腱鞘は人工物に交換してあるから、疲労や腱鞘炎なんてのとは無縁さ。一瞬たりとも休むことなく動かすことができる。融通の利かない機械でタイプするより圧倒的に便利だよ。おっ。もう全部解けたか。すごいぞ忠二。
 まあ計算だけならただの機械でもできるからね。今度は人間的思考もできることをお見せしよう。忠二、これは僕が昨晩描いた絵だ。これについて感想をきかせてくれるかい。・・・おっ、計算テストの裏に感想文を書きはじめたぞ。・・・え?なんだい君?さっきから忠二が一言も発さないのはなぜだって?ははは、気付かれちゃったか。実は言語の発声の部分だけ失敗しちゃってね、ことばを発音に換えるというのが上手く行かないんだ。声帯がやられたわけじゃないから奇声とかは出すけどね。まあこのくらいの小さなミスは許してよ。・・・ん、感想文が書けた?どれどれ。・・・「線自体の荒さ、デッサン力の無さもさることながら、構図も平坦で、パースの基礎さえ理解できていない。例のテレビゲームの絵を描こうとしているのだろうけど、あまりにも見苦しすぎる・・・」てめえ。僕の絵をこき下ろしあがって。弟のくせになまいきだぞ。罰してやる。
 君、ちょっとそこに掛けてあるコントローラを取ってくれ。それじゃない。それはプレステのコントローラだろ。その隣。そうそれ。ありがとう。このコントローラはこいつの脊髄に信号を送れるようになっていて、あやつり人形みたいに自由自在に体を遠隔操作できるんだ。これがさっき言った、改造人間との違いだね。さっきも言ったように、「ロボット」と「人間」を使い分けられるというのが僕の発明なのさ。やってみせよう。まず、こことここで両足に信号を・・・ほら立ち上がった。よし、右手を挙げて。下げて。左手挙げて。右足。そして左足。ドフーン。ははは、見たか今の。本当にこけたよ。馬鹿みたいだ。じゃあ次は頭を回してみせよう。ここのジョイスティックがそのまま首を傾ける角度さ。これは簡単だからちょっと君もやってみなよ。ほら。・・・そんなゆっくり動かしちゃつまらないだろう。もっとぐるぐる回せ。ぐるぐる。ぐるぐる。・・・君操作へただなあ。返して。ほら、僕のジョイスティックさばきを見ろ。首がちぎれんばかりのぐるぐるだ。ぐるぐる、ぐるぐる・・・大丈夫、首の骨とかもばっちり強化してあるから折れやしないさ。ぐるぐる。ぐるぐる・・・うわっ。しまった。吐きやがった。三半規管は特にいじってないから酔うんだった。まあいいや、後で掃除させよう。ロボットだからね。お次はそこの壁に頭を打ちつけさせてやろう。さあ壁に歩いて・・・あと少し・・・よし、頭を前後に。おら。おらっ。ははは、奇声を上げているよ。ゲームのモンスターみたいだ。わははははは。滑稽すぎて笑いが止まらん。
 次はどうしようか。阿波踊りを踊らせてみよう。ちょっと難しいけどゲーマーの僕の手にかかれば何てことないさ。それ。踊るアホウに見るアホウ。あそれ。チャンカチャンカチャンカチャンカ・・・脊髄だけじゃつまらんな。中脳と延髄もいじってやろう。えっとこの辺にボタンが・・・これだ。うははは。すごい。両眼をぐるぐる回しながら涙とよだれを流しているぞ。けっさくだ。けっさくだ。うははっ、はっはっはっ・・・やばい、笑いが、止まらな・・・ははっ・・・げひぃ・・・ほらもっと踊れ。踊るんだ。
 そろそろとっておきのアレを試してみよう。脊髄といえば、そう、脊髄反射だ。人間の一番どうしようもない反射的な部分さ。ここをいじればどうなるか・・・ぽちっとな。・・・ははは、出た出た。尿を漏らしはじめたぞ。踊りながらやってみよう。チャンカチャンカチャンカ・・・お次は排便、あそれ。ぽちっとな。チャンカチャンカ、チャンカチャンカ、ブリブリ。はははははは。踊りながらウンコしてやがる。うわっはっはっはっ、はっ、はっ・・・ぐひっ・・・そうだ、ズボンを脱がせないと。ほら脱げ。脱げ。ううん操作が難しい。脱げよ。くそっじれったい。君ちょっとヤツの服を脱がせてこい。え?嫌だ?何言ってんだ。俺がその気になればあのロボットに君を襲わせる事だってできるんだぞ。そうされたくなかったらさっさとやつを裸にしろ。大丈夫だ、やつの動作は硬直させておくから。・・・そうだ。パンツもだ。素裸にするんだ・・・よし。硬直解除。裸踊りのお時間だ。それ。チャンカチャンカチャンカチャンカ、ジョロジョロ、ブリブリ・・・ひひひ、ひ、やっぱ最高だこれ。ぐひひひ。よし、最後の締めはもちろんアレだ。いくぞ。ぽちっとな。ほうら、みるみる勃起だあ。ボッキ。ボッキ。そして腰振り。ブルンブルン。ビタンビタン。両手挙げて。両足挙げて。ドフーン。今だ!発射!
 うひゃひゃひゃひゃひゃ!見ろ!出てるぜ!ドピュドピュ出てるぜ!馬鹿みたいに奇声上げてよう!そして眼球操作!よだれ!涙!ぐるぐる!ぐるぐる!ドピュッ!ドピュドピュッ!ブリブリ!ジョバーッ!バキッ!
 バキッ・・・?
 しまった。コントローラが。乱暴にあつかいすぎたんだ。うわ。操作できない。うわわ。やめろ。忠二。こっちに来るな。何をする気だ。やめろ。俺はお前が望んだからロボットに改造してやったんだぞ。恩を仇で返す気か。うわわっ。汚い。やめろ。やめてください。言うことなんでも聞くから・・・ほら、要求があるなら、紙に書いてくれ。
 なになに。・・・ああ、そうか。「自分も誰かをコントロールしたい」か。そうだよなあ。お前だって俺にやられてばっかりじゃあ、さぞかしつまらないだろう。だが俺はロボットにはなりたくない。代わりに、ほら、そこにもう一人、呆然と突っ立っている人間がいるだろう。あいつを改造してやろう。・・・そうだな、お前の頭脳があれば、次はもっと良いものがつくれるだろうよ・・・・・・
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キリ番の高速道路

 ゴールデンウィークも終わりに近づき実家や別荘からのUターンラッシュで東京方面へと向かう高速道路は深夜にもかかわらず大渋滞であった。四人家族を乗せた車を運転している父とおぼしき中年男は半醒半睡の状態で、首を大きく上下させてうとうとしていた。あんまり激しく振っているので遠目に見たらヘッドバンギングでもしてるのかと思われるだろう。そのうちに、無精ひげの生えたあごがハンドルの真中のクラクションに当たって、けたたましい音がした。その音で父親は目覚める。前の車の運転手がこちらを振り返って白い目で見た。
「何うとうとしてんのよあんた、ちゃんと運転しなさいよ」と父親を小突くのは助手席に座っている母親らしき女性である。
「お前だってついさっきクラクションが鳴る前まで寝ていたじゃないか」
「私は関係ないでしょう。またそうやってすぐ責任逃れして。つくづく最悪のじじいね」
「どうせ最悪のじじいですよ」
 逆切れした父親はハンドルを思いっきり叩いた。再度クラクションが鳴り響く。その音で後ろに座っている娘も目を覚ました。その隣には娘の兄と思われる中学生くらいの少年が居て、先程から少しも動じず、分厚い数学書を目を近づけて読んでいる。
「それにしてもこの渋滞は酷いわね。さっきからちっとも進まないじゃないの」退屈そうに母親は辺りの車を見渡していたが、ふいに、珍しいものを見つけたような顔をして、斜め前方にある一台の車を指差し、
「ねえねえ、見てあの車」
「何だ」「なあに」父親と娘が同時に反応する。
「車のナンバーよ。ほら。7777だわ。ラッキーセブンよ」
「ほんとだあ。ラッキーセブンだあ」娘が窓に鼻をくっつけて言った。
「なんだそんな事か。くだらない。キリ番くらいで」と父。
「そんな事とは何よ。7777、ななななななななよ。ラッキーセブンが四つもよ」
「今どき車のナンバーがキリ番だからって珍しがることはない。車屋でちょっと金を出せばつけてもらえるものだ。それに1とか7777とかいう数字を付けたがるのはたいてい、頭の悪い連中か、やくざと相場が決まっている」
「またそんな事言って。あんたはキリ番を素直に喜べないの。これだから最悪じじいは嫌ねえ。それに、金を払えばとか何とか言うけれど、この車のナンバーは4523よ。キリが悪いことこの上なしじゃない。おかげで覚えるのも一苦労だったわ。『死後二、三日』なんて語呂合わせしたりしてねえ。そこまで言うなら、お金出してキリの良い番号買ってよ」
「そんなもんに金使って何になるんだ。そもそも、新しく車買う余裕なんて」
「ほら前の車が動いたわよ。早くアクセル踏みなさい」
 ゆっくりとではあったが、渋滞が動き出した。家族はまたさっきまでのように押し黙り、やがて車は長いトンネルの入り口にさしかかる。トンネルの上部の左右に等間隔に並んで続く蛍光灯は、車が走るとともに手元に光と影が交互にチカチカと差し込むので読書には不向きであるはずだが、それでも兄は数学書を読むのをやめない。隣の妹はもうまどろみかけていた。トンネルの三分の一ほどまで進んだとき、突然、母親がまた何かを指差して言った。
「ねえねえ、見てあの車」
「なんだ、またキリ番か」
「違うわよ、あれ、事故車よ」
 見ると母親の指の先には、トンネルの壁に押し付けられた形で一台の車が煙をあげていた。車線から少し外れた脇にあったので走行の邪魔にはならなかったが、その目の前を通る時に被害がくわしく観察できた。左側面は車が激突した跡で大きく窪んでおり、向こう側は壁に斜め下にめり込んでいて、走行車から見える左側の二つのタイヤは地面から浮いていた。ガラスの破片が辺りに飛び散っていた。乗車している人の安否は分からない。
「本当だ。こりゃひどいな。しかも救助の車が来ていない。まだ通報されてないんだろうか」
「深夜ですもの。あんたみたいな居眠り運転の男にやられたんでしょうねえ・・・・・・あ、見て。またゾロ目。2222」
 事故車の前を通り過ぎていった車を指差して母親はまた嬌声をあげる。結局トンネルを抜けるまでにもう2台のキリ番ナンバーを見つけた。4800と、2500。そのたびに彼女はやたらと興奮するのであった。(若い頃とちっとも変わらずテンションの高い女だ)父親はひそかにため息をついた。(いい年してきゃあきゃあされると鬱陶しい。年相応というものがあるだろうに)
 そう思いながらようやくトンネルを抜けると、また事故車があった。それは向かって左手の塀に激突して大破していた。ちょうどここは少しきつめの右カーブになっている。恐らく事故車は左に曲がって、かなりのスピードで正面から突っ込んだのだろう、前につんのめった形で塀に思い切りめり込み、後ろの二つのタイヤが浮いていた。塀が崩れ落ちないのが奇跡的なくらいである。煙は上がっていなかった。
「またとんでもない事故だな・・・あれは後ろから別の車に追突されて手元が狂ったんだろう。テールランプもリアバンパーもぐちゃぐちゃだ。乱暴な運転するやつが多いのかな」
「怖いわねえ。気をつけてよ」あまり怖くもなさそうに女が言った。
「気をつけて何とかなるものでもないからなあ・・・」
 それからもキリ番の車はちょくちょく見つかった。ゾロ目や百の倍数ばかりがキリ番ではない。1234や9876はもちろん、2727や4455のように反復があるものも広義ではキリ番となる。それは誰が定義したというわけではないが、少なくとも例の母親は物珍しそうにいちいち喜んだ。彼女が特別に数字に対して敏感なのでは、と読者によっては思われるかも知れないが、例えば、受験番号が2727だったりすれば何となく縁起がいいと感じる人も多いだろう、それと同じようなことである。
 キリ番の車も多かったが、父親はさっきからの事故車の多さを不審に感じていた。先ほどの事故車のあと、数キロ走っただけでさらに三台も見つけたのだ。いずれもかなり派手にめり込んだり埋もれたりしているのに、いっこうに救助の車が来る気配はない。あまりに事故が多くて対処できていないのだろうか。しかも奇妙なことに、渋滞はだいぶましになっていた。走行中の車はみな事故車を何でもないように避けて、普通に走っているのである。ふと《ハイウェイラジオ ここから》の看板を通り過ぎたので父親はラジオをつけた。
「・・・・・・インター付近は5kmの渋滞・・・その他は平常通りの運転です・・・」
 事故に関しての言及は何もなかった。救助は一切行われていないというのか。男はますます不審感を募らせた。
女はもう黙っていた。あまりにキリ番が多いので、流石の彼女もいちいち指差すのに飽きたらしく、ぼそぼそと「6600だ。その後ろの車が444」などとつぶやいていたが、そのうちそれすらやめて黙りこくってしまったのだ。もはや周りの車の6,7割はキリ番と呼べる番号であった。(まるで事故車とキリ番の数が比例しているみたいね・・・)彼女はふとそんな事を考えていると、突然嫌な予感がひらめいた。目を開けて路上の事故車を探す。前方に一台、転倒した車が見えてきた。ナンバーは・・・5519。やはりそうだ。そうとしか考えられない。女の顔に恐怖の色が差した。
「うそ・・・そんな、まさか・・・」
「ど・・・どうした」男は少し怖気づいて聞き返す。
「そうよ・・・やっぱりそうだわ・・・さっきから事故車のナンバーはどれもキリの悪いものだったもの・・・つまり・・・」
「何が言いたいんだ。キリ番じゃない車がキリ番の車に・・・その・・・はねられる、とでも」
「その通りよ!」
「馬鹿な・・・そんな馬鹿なことが・・・・・・偶然だろう・・・・・・」
 口ではそう呟きながらも、男にも既に確信があった。ここはキリ番たちの高速道路なのだ。キリの悪い車は両脇へと排除されるのだ。それですべての辻褄が合うのだからそうとしか考えられない。そして、彼の運転する車のナンバーは、
「4523・・・」
「『死後二、三日』って語呂合わせでキリ番ってことにならないかしら・・・」
 なるわけがなかった。
 二人は顔を見合わせた。恐怖の色がありありと浮かんでいる。男はアクセルを思い切り踏んだ。
「早く!早くここから抜け出すんだ!」
渋滞はほとんど解消されている。それもそのはずだ。キリ番だけが走る高速道路が混むわけない。後ろの娘もいつの間にか目覚めていて、事態の異常さを悟り、半泣きになっている。窓の外の両側の景色はなるべく見ないようにして男は運転をつづけた。両側にはキリの悪い番号の車が幾重にも積み重なって無惨に山をなしているからだ。男はその間の谷を必死にフルスピードで走り抜ける。時折事故車のボディにぶつかって嫌な音がするが構わない。
「いやぁ・・・助けて・・・」
「もうだめだわ・・・4523だもの・・・助かりっこないわ・・・!」
 その時、今まで何にも動じず数学書を読みふけっていた少年が突然顔を上げて、眼鏡をつまんで言った。
「いや、大丈夫だ」
 ・・・・・・
「どうしてよ。4523のどこにキリ番の要素があるのよ!」
「まあ待って母さん。そもそも俗に言うキリ番なんてものは10の何乗かの倍数というだけであって、数学的に大した意味はないんだ。素数やフィボナッチ数列や完全数のほうがよほど数学的には美しい。特に素数は、素数定理というものがあって、x以下の素数の個数はLi(x)という対数積分で近似できるんだ。美しいなあ。この素数こそ本当のキリ番だ。0が並んでるとかそういう見た目の美しさは真の数学的な美しさではないんだ。で、うちのナンバーの4523だけど、10000までの整数の中に素数は1229個あって、そのちょうど半分の位置、つまり615個目に当たる素数がこの4523なんだ。なんということだ。素晴らしい。ああ素晴らしい。だから僕たちは大丈夫。大丈夫なんだ。うん」
 途中からは誰も聞いていなかった。数百メートル彼方から車が逆走してくる。こちらよりさらに猛スピードを出して向かってきていた。二台の距離はみるみる縮まる。両側の事故車が道をほとんど塞いでいる。もはや一方通行しかできない。そして少年は素数について熱く語る。彼以外の三人が最期に見たものは、ガラス越しの運転手の狂気の両眼と、7777のナンバープレートであった。

ねぎ

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