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ラディカルな才女

 
 
 とりあえずやってみた。



反解釈反解釈
(1971/01)
スーザン・ソンタグ

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 学校の先生がやたらとソンタグさんを話題に出すので一冊読みました。
 このタイトルの3文字見た時点で「そう!その通り!」と相槌打ちたくなるくらいのものです。表題作のエッセイは評論についての評論。最近は作品をバラバラに解剖アンド解釈するのが流行りだけどそれっておかしくね?みたいな話です。カフカ論なんかその骨頂で、社会体制批判やら実存的不安やらその他いろいろをカフカの小説から勝手に読み取りまくって滔滔と論ずるのはいったい正当なのか、そんなテーマが隠れてるなら作家本人はなぜそれを言わなかったんですか、そんな言葉じゃ語れないから小説にしたんじゃないですか。

「芸術は何かについて述べるものではない。それ自体何かなのである。芸術作品は世界のなかのあるものであり、世界についてのテキストや注釈であるだけではない。」

 まあでも僕が思うのは、だからといって何も解釈するなと命令するのはむしろつまらないというか、また同じように芸術の意味の幅を狭めちゃう気がすることです。
 解釈したきゃすればいいんです。ただそれで作品を限定するのは、凶暴な野犬を飼いならして従順なペットにするようなもんで、役には立つかもしれないけど、作品の本当の魅力が失われちゃうだろうと。
 凶暴な野犬の生命力を尊重しつつも、適度に仲良くして折り合いをつけていくのが理想的ではないでしょうか。

 内容ばっかりじゃなくもっと様式をも重要視するべきだとかいうことも言ってました。特に現代芸術は内容をなくして新たな様式を乱立させまくって「なんかよく分からん存在そのもの」的なものを作るのが目的だなあとは僕も前々からうすうす感じてたところです。
 わかったような口きいてますが正直難しかったです。途中の演劇と映画批評は、俎上の作品を知らないので適当に楽しみました。「反解釈」のマニフェストに則って実際に批評を書いてるのだなってのはわかった。
「惨劇のイマジネーション」とか「《キャンプ》についてのノート」とかは面白かった。前者は、宇宙人とかが攻めてきて人類滅亡の危機!みたいなありきたりSF映画のパターンによって、人間がどんなスリルと満足を感じているかについて考察したエッセイ。後者は《キャンプ》といってもテント張ってお泊りではなく、何か上手く言えないけどそういう楽しみ方ってあるよねみたいな感覚のことを《キャンプ》と言うらしくて、それについての箇条書き。上手く言えないけど。

 とっつきづらさはありましたが全体としてけっこう面白かったです。
 先生がやたら話題に上したのは「隠喩としての病」ってやつですがこれには収録してなかった。確か「結核は美青年がかかるとステキだけど、癌はまったく美しくないので救いようがない」みたいな話。なにそれ面白そう。
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ピアニカ買った


 ゾンヴィラヂオ5~メソポタミア文明の崩壊~


 
隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)
(1998/07)
ジャック ケッチャム

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 小説読んでこんなイヤな気分になったのは初めてでした。
 身寄りのない美少女が隣家に引き取られてそこの親と子供たちに監禁されて虐待される、という、何の変哲もないくらい悪趣味一直線なあらすじですが、とにかくストーリーの進めかたが陰湿。ひどい。叫びたくなる。
 有名な「終わらない夏休み」なんてWeb小説とか、あれはむしろギャグとして読める部類でしたが、この作品はなんだか設定もリアルで、ヒステリックなルースと凶暴な子供たちの描写もリアルで、それをただただ傍観している主人公の心理描写もリアルで、だからこそとても怖いです。
 胸糞悪くさせる話を書くという意味で才能は認めざるを得ない。
 しばらくホラーは控えたいです。

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