ふさぐ

 夜は冷蔵庫の重低音、外の車の走行音、ごきぶりの徘徊、少しの物音にも眠りを妨げられるので、耳栓を両の耳に押し込んで、低反発樹脂が外耳道をふさいでゆく感触とともに彼は布団にもぐりこんだ。安眠をむさぼるもつかの間、自分の歯ぎしりが顎骨を振動させるので目が覚め、いらいらしながら机の上のハンカチを引っつかみ、口に噛ませて再び横に倒れた。猿轡によだれを滲ませながら眠気再降臨を祈願して心の両手を合わせるのだが、今度は鼻息の荒さが気になって仕方ない。怒りにまかせ足音をどしどしいわせて台所のドアを外れそうなほど思い切り引き開け、流し台に置いた濡れ雑巾の両端を鼻に詰め込んでいった。縒りをかけて鼻腔の奥の奥まで挿入し、先端が口腔のあたりに垂れ下がって喉の粘膜に時々触れた。雑巾は牛の鼻輪状になったが、どうしても隙間は空くもので、鼻息はかえって煩さを増している。食器棚の上のサランラップを出して正方形に引きちぎり、顔面に空気の入らぬよう慎重を期してぴたりと貼り付け、今度こそ邪魔されずに眠れるぞと寝室に向かうが――困ったことに気づいた。目をひらいたままラップを貼ったため、眼球の露出面までぴったり密着し、まぶたが固定され、閉じることができない。あわててはがそうとするが、慎重に貼っただけのことはあって、どこまでラップでどこまで地肌なのやら、まるで見当もつかない(肌は指をすべらせることができず、うぶ毛の感触もなく、無機質で、もはや全身の上皮が、自分を包んで保存している透明な袋状フィルムであるとも思えてくるのだ)ので、洗面所に駆け込み、手探りで電気をつけた。鏡には目だけを馬鹿のように見開いて猿轡と鼻輪をした不機嫌顔で一分の隙もなく固定されている自分の顔があった。どことなくラップの光沢でつやつやと顔が蛍光灯を反射しているように見えるが、肌との境目は、いくら首筋をたどってみても見つからず、焦って途方にくれる鏡の中の自分が、滑稽で笑えるほどだが、笑うこともできない。しばらく、息をしていないが、彼は苦しさを感じない。気が遠のいたりするどころか、全力疾走の後のように心臓が元気よく血液をもみしだき、咀嚼し、全身に送り出し、排尿時の尿道のようにすべての脈が細動して血液を駆けめぐらせ、血管から新たな毛細血管が枝分かれして樹木の成長の早回し映像さながら体内をのたくりまわる情景がそのまま脳内に視え、体内の循環運動と六十兆個の細胞一つ一つの原形質流動の音が響きわたっている。それでも鏡の中の彼は固定された仏頂面をしていて、何はともあれ、とうてい眠れそうにない。