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まぶしいからやめて

 
まぶしいからやめて

 初音ミク曲集
 『まぶしいからやめて』
 2012.11

 ・コミックアカデミー05にて頒布しました。
 ・冬コミC83 3日目(12/31) X05-b オーバーイプシロン に委託します。

 【試聴】
 01 喉かわいた
 02 凍死
 03 Baby You Can Trash Your Life
 04 HookWormLove
 05 あいつ
 06 きらきら星
 07 お天気雨
 08 ジャクシー
 09 比較的さわやかなモグラ
 10 Under The Sunshine!!!
 11 まぶしいからやめて

 →歌詞

 10曲目は別のコンピレーションに出したものです。↓

 
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独文独歩 3

 ホフマンスタール
 『チャンドス卿の手紙 他十篇』

 Hugo von Hofmannsthal, 1874-1929
 Ein Brief

 芸術を鑑賞するとき、我を忘れて作品に没入するような状態は、そう頻繁に起こるものではない。とくに好事家タイプの人にとっては、作品に距離を置いて接し、表現の工夫のなされ方をアタマで把握し、知的な言葉に置き換えて理解して、精神的満足を得るのが、絵や文芸や音楽との普段の付き合い方です。しかしホフマンスタールはそういう言語を介した付き合い方には限界があると言っている。
 チャンドス卿の手紙(Ein Brief, 1902)といえば、言葉とモノとが乖離する二十世紀の危機を予知した作品として有名らしく、抽象的な概念を使った説明がどうにも上滑りになるという、誰しも軽く経験したことのある思いが切々と綴られます。

 わたしの症状といえば、つまりこうなのです。なにかを別のものと関連づけて考えたり話したりする能力がまったくなくなってしまったのです。
 まずはじめは、高尚であれ一般的であれ、ある話題をじっくり話すことが、そしてそのさい、だれもがいつもためらうことなくすらすらと口にする言葉を使うことが、しだいにできなくなりました。「精神」「魂」あるいは「肉体」といった言葉を口にするだけで、なんとも言い表しようもなく不快になるのでした。(…)ある判断を表明するためにはいずれ口にせざるをえない抽象的な言葉が、腐れ茸のように口の中で崩れてしまうせいでした。

 事物にどんな感銘を受けようとも、それを人に伝えるには、あり合わせの言葉を組み立てて、多少の齟齬は堪忍しつつ表現するしかない。ところが言語は主体と客体とを媒介するメディアにすぎないから、感動しすぎて作品と一体化してしまう際には、批評の言葉は介在しえない。
 世紀末ウィーンのユダヤ系名家の一人息子で、十五で原書でホメロスの読める天才児だった作者は、この頃大学教授になるための論文を書いていたのですが、自分は概念をいじくり回す文学研究には向いていないと思ってこういう架空の書簡を書いたのだそうです。
 するとその後はやはり、新たな言葉でもって作品との神秘的な合一を表現しようと試みるわけで、『帰国者の手紙』(Die Briefe des Zurück-gekehrten, 1907)の四通目や『ギリシャの瞬間』(Augenblicke in Griechenland, 1908-14)の第三篇ではゴッホの色使いやギリシャ彫刻に託して延々それが語られていたけれど、僕にはまだ実感をもって迫ってはこなかった。それよりも『手紙』において、酪農場の倉庫の鼠たちが毒殺されるというグロい光景を思い描いたときに「はるかに憐憫以上のもの、また憐憫以下のもの」を感じるという記述が印象に残りました。チャチな人間の同情を超えた何かしら無限性のものが、阿鼻叫喚の中にはあるのだと思います。
 あと若書きの『第六七二夜のメルヘン』(Das Märchen der 672. Nacht, 1895)は、耽美的なニート生活を送っている青年が、召使たちの視線におびえ、街をさまよい歩いてのたれ死ぬという謎の話で、メルヘンどころの騒ぎではなく気になる作品でした。千一夜物語との関連はよく分かりません。
 ホフマンスタールは主に劇作家でヨハン・シュトラウスのオペラも何本か書いていますが、この檜山哲彦訳の岩波文庫は初期から中期にかけての散文を集めたものです。

独文独歩 2

 フォンターネ
 『迷路』

 Theodor Fontane, 1819-1898
 Irrungen Wirrungen

 岩波文庫。1937年の初版をそのまま復刻した本なので登場人物が旧字旧かなで喋る。翻訳者の伊藤武雄については不明。
 作者は晩成の人で、流行りの紀行文や批評活動から離れ、腰を落ち着けて小説を書き始めたのは六十歳ごろから。この長編は1888年作すなわち従心も近く、人生を大体すませた後の達観した態度がにじみ出ている。フォンターネを修論にしている先輩が自嘲気味に「つまらないから読まなくていいよ」と言っていた意味は、読んでみて確かに分かったけれど、はたして単につまらなかったかと言うとそうでもないのです。
 原題は「錯誤、混乱」「迷いともつれ」ですが題名のわりに大したスペクタクルも昼ドラ展開もなく、舞台はベルリン、没落貴族ボートーと庶民の娘レーネとの三ヶ月の儚い恋が、財産家の従妹ケーテとの結婚によって終わりを告げるというよくある話。当時の上流階級の男性は婚期が三十代前半くらいで、二十代のうちは下の階層の女性と関係を持ち、それは比較的長期に渡ることもあるけれど、結局は社会的に同等の相手と家庭を持つために身を引いていくのが常だった。だから二人の関係に初めから終わりの見えていることはレーネも承知済みで、時折恋人に当てこすりをしながらも束の間の幸福に浸るのである。

 彼女はヴェランダから降りて、桟橋の突端にある二艘の端艇の傍へ行つた、帆は半分おろしてあつて、名前を縫ひ取りした三角旗がマストの天邊に靡いてゐた。
 「どつちにします、「あゆ」の方、「きばう」の方。」
 「勿論、鮎よ。希望なんかに用はありませんわ。」

 二人のただ一度のお泊まりデートの最初の場面。復活祭で舟から落ちて溺れかけているのを男爵が助けたのが交際のそもそもの発端で、そんな馴れ初めをも思い出しながらのひと夏の小旅行です。
 ボートーも真剣にレーネを愛しているので、ケーテとの結婚を目前にひかえて悩みます。「この愛情を恥る必要なんかあるものか。感情は絶対的なものだ、愛するといふ事実があれば、愛する権利もあるわけだ、世間ではかういふ考へ方に対して首を振つたり、疑問だと言つたりするかも知れないが。」なんて台詞からは、恋愛至上主義と家柄主義との間で板挟みになっている姿が見える。素朴で真実で自然らしさを備えているレーネと暮らす「隠れた幸福」への憧れに対比して、ケーテの皮肉っぽさに少し辟易し、付随するであろうサロンなどの社交界も贋もの、体裁のいいもの、気取ったものだと嫌悪しながらも、結局は、情熱よりも生活の秩序を求めて後者を選ぶわけです。
 フォンターネ自身は貴族ではないけれど薬剤師という裕福な職業だったので貴族趣味はあるし、一方でレーネのような勤労する庶民への同感も強いから、境界線にいる分その対比には敏感だったのでしょう。
 小説として好きなところは、別れた二人が悲しみながらも少しずつ拘泥から抜け出して新しい生活の中に入っていくまでの、微妙な心の動きやちょっとした出来事がさりげなく描かれていく後半部分。人生そんな経験もするさという老成した目線、若い人々の「迷いともつれ」を貶めたり、逆にことさらに称揚したりするのでなく、ただ暖かく見守っている目線こそが、この何てことない作品の魅力です。
 作品中に出てくる九柱戯(Kegel)という遊びはボウリングのピンが一本少ないもので、モーツァルトにKegelstatt Trio(1786)という曲があります。

独文独歩 1

 シュニッツラー
 『花・死人に口なし 他七篇』

 Arthur Schnitzler, 1862-1931
 Blumen, Die Toten schweigen

 短編集。新しめの岩波文庫。翻訳者の番匠谷英一と山本有三がどちらも戯曲家なのは、シュニッツラーが戯曲家として有名なのと関係があるのでしょうが、山本有三の後書きには、彼は戯曲よりも小説、それも短編小説に向く作家だと評価してあります。
 シュニッツラーはオーストリア人でユダヤ系、医者でもあり、ホフマンスタールやハウプトマンと同時代人、ツヴァイクよりは先輩、フロイトとも知り合いで精神分析の知識もあり。音楽好きでピアノも上手い。当時作曲家としては不人気だったマーラー(1860-1911)の交響曲の大ファン。新ロマン主義の代表的作家で作品の舞台もたいがい優雅でデカダンな世紀末ウィーン。
 巻頭の『花』(Blumen, 1894)に心惹かれました。元カノが自分の知らないうちに病気で死んだと聞かされて、憂鬱になっている。ふいに、別れた後も彼女から毎月贈られていた花が届く。生前に注文してあったのが送られてきたのだろうが、あの世から挨拶されたかのように思って心を動かされ、枯れても花瓶に飾りっぱなしにしている。新しい恋人もその花の意味深さをうすうす感じて物問いたげなそぶりをする。男は故人の思い出にとらわれて他のことに夢中になれない。春の晴天にも背をそむけて部屋の花を見つめるのである。

 ――そして外は春だ。晴れ晴れと絨毯の上に流れる太陽。近くの公園から漂ってくる接骨木(ニワトコ)の匂い。そして下を通って行く見ず知らずの人たち。ちょうどそんなものだけが生きているのだろうか。私は窓掛けを下ろすことができる。そしたら太陽は死んでいる。私はそれらの人たちのことを知ろうとは思わない。そしたら彼らは死んでいる。私は窓を閉めよう。接骨木の匂いはもう私の周囲に流れてこない。そしたら春は死んでいる。
 私は太陽や人間や春よりも強い。しかし私よりも強いのが思い出だ。思い出は思いのままにやって来る。思い出は逃げ隠れすることを許さない。だから玻璃の中のこれらの乾からびた茎は、すべての接骨木の匂いや春よりも強い。

 ところがその後、新しい恋人グレーテルは無言で微笑んだまま枯花をつかんで、窓から下の往来に投げ捨ててしまう。そして代わりに花束を、健康で新鮮な白い接骨木の花束を彼の鼻先に差し出す。男は「自分で自分の気持ちが分からなかった。とにかくずっと自由な――前より遥かに自由な気持ちだった」。死のイメージにとらわれて軽く病んでいたのがふいに解放されて、新しく生のよろこびの湧き出るのを感じたのである。
 かつての恋人の死にそこそこショックを受けながらもけっこう簡単に立ち直ってしまう男(気軽なふさぎ屋 Leichtsinniger Melancholiker)。この作品に限らず、愛と死などという重いテーマをしょっちゅう扱っていながらも、大仰で深刻な感じではないところがいい。単に恋人が死んで悲しいので泣くみたいな直球の話はなくて、『わかれ』(Ein Abschied, 1896)は亡き女の横たわる床を目にして感極まるクライマックスで、不倫相手の夫がそこに居るのに気づいて涙が止まってしまう。『死人に口なし』(Die Toten schweigen, 1897)も不倫カップルが嵐の中で馬車に乗ってたら転覆して男が死に、女はそれを気にかけながらも夫と子供の待つ家へとこっそり逃げ帰る。タイトルからして皮肉なくらい楽天的ですが、かといって厭らしかったりドロドロした感じはなくて、多少は悩みはするけど、成り行きと自分の気持ちに追従してしまう登場人物たちの、移り気で小市民的な心情は誰しも共感できるものに思えます。恋人の死に殉ずるとか、あなただけを愛するぜ的な一途でピュアな話は多分シュニッツラーの好みではなかったのでしょう。
 路線の違う作品ですが、『盲目のジェロニモとその兄』(Der blinde Geronimo und sein Bruder, 1900)は兄弟愛もので、涙腺にくる名作でした。

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