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おぜん

 男はおぜんを持っていた。ただのおぜんではない。一見すると何の変哲もない、木でできた折りたたみ式の机なのだが、それを立てて「おぜんや、御飯のしたく!」と唱えると、そのとき望んだ食べ物がたちまち現れる、魔法のおぜんなのである。このおぜん一つあればもう食事に困ることはない優れものだ。これは昔のヨーロッパでひそかにもてはやされたもので、グリム童話などに記述があるが、まさか実在するものだとは誰も思っていないだろう。おかげで男は働きもせず、グリム・・・いや、グルメな生活を送っていた。
「夜ごはんの時間だぞ、23番」
「はあい」
 男の呼びかけに清々しい返事をしてやってきたのは、薄手の黒いシャツとスカートを履いた、十歳くらいの少しふっくらした女の子だ。ごはんが待ちきれないらしく駆け足でおぜんの前まで来て、男と向かい合わせの位置にちょこんと正座し、男の顔を見あげると、期待に目を輝かせながら問いかけた。
「今日は?わたしがやっていい?」
「ああ。今日は君の好きなものを出していいよ」
「やった!」
 少女は無邪気に喜ぶと、もったいをつけてから、「おぜんや、ごはんのしたく!」と元気よく叫んだ。すると、おぜんに白い布がしかれ、二人分の食事が現れた。洒落た皿にはケチャップのいっぱいかかったオムライスが乗っていて、マグカップには牛乳がつがれていた。デザートのケーキはオムライスよりも大きかった。少女はこれ以上ないというほど嬉しそうな様子で、キャッキャッと笑い、男もつられて、飽きないねえ、と苦笑した。男は不思議なおぜんも、もはやただの生活のための道具として、今さら何の驚きもなく利用しているだけだったが、少女にとってそれは、何度ためしてもこの上なくゆかいで、色あせない素敵な魔法なのだ。
「いただきまあす!」
「いただきます」
 好物のオムライスを食べる少女の表情は至福そのものだ。ふだんから充分に栄養をとっているであろう彼女は、少しふっくらしていて、顔は丸みを帯び、肢体もしなやかに肉づいていた。
(そろそろ、いいだろう・・・)
 オムライスには大して手をつけずに、少女の笑顔を見ながらそう呟いた男は、ふと立ち上がると、冷蔵庫からグラスを二つ取り出し、お酒を注いで、おぜんに持って来て置いた。匂いをかぎつけた少女は、ふと男を見上げ、
「これ、飲んでもいいの?」と聞いた。
「これはね、お酒と言って、本当は、子どもは飲んじゃダメなんだよ。でも、今日はとくべつだ。飲んでいいよ」
 子どもが飲むものではないと聞かされ、少女はすこし不安げな表情を浮かべたが、男が許してくれるならと、好奇心に駆られ、ちびちびと飲みはじめた。しかし、男がグラスを傾けてくいっと飲むと、少女もそれを真似てぐっと一気飲みした。少量であったが、たちまち酔いが回ってきて、丸い顔がほとんど真っ赤にほてり、ふだん以上にキャッキャッと騒ぎだした。男はそれに付きあい、夜も遅くなるまで遊んでやった。やがて疲れたのか、少女は顔をほてらせ、口のまわりにケーキのクリームをべったり付けたまま、ぐうぐう寝入ってしまった。
 男はその寝顔を見ると、明かりを薄暗くして、普段は使わない食器棚から、大きい食器と、立派な銀のナイフとフォークを取り出し、少女の前に座った。
「さて、俺の夜ごはんの時間だ」

 次の日の夕方、男はようやく起きてきて、一人でおぜんに向かって座った。
 昨晩のは絶品だった。好物ばかり食べさせずに栄養バランスをコントロールするコツが、少しずつつかめてきたように感じる。このようにして一ヶ月は養わないと、彼の求める良いコンディション、良い肉質にはならないのだ。最後に酒を入れるというのも、長い間かかって発見した決め手である。
 しかしまだまだ改善すべき点はある。次はもっと良く育てられるだろう。昨日食べた、新鮮であたたかい、とろけるような肉の味を思い出しながら、男はいつものように魔法の言葉をとなえた。
「おぜんや、御飯のしたく!」

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