とある正義

 干されていたのは白い服を着た女の子だった。
 一人ではない。ざっと十二人ほど、たいして大きくもないアパートの一室のベランダに、びっしりと干されているのだ。背格好はだいたい似通っており、見た目十四、五歳で、錆びついた柵に細い肢体をだらんとぶら下げ、揃ってこっちを上目遣いに睨みつけていた。部屋の主であるTは思わず後ずさりした。
 何故にこんなことになっているのだろう。夢だろうか。あるいは昨晩夜遅くまでアニメを観ていたせいで頭がおかしくなったのだろうか。十二人の少女を端から一人ずつ見わたしてから、ゆっくりと問いかけた。
「君たちは、いったい、何者?」
「おなかすいた」
 十二人が息をそろえて答えた。一人ひとりは、ぼそっと呟いた程度の声だったが、それがこうして十二倍にもなると不意をつかれる音量になって、近所に聞こえてしまったのではないかとTは焦った。あまり人に見られたくない状況だからだ。
 とにかくおなかがすいたらしいので朝ご飯を彼女たちの分まで作ることにした。しかし一人で暮らしているので、十二人分の食材が冷蔵庫に入っているわけもない。どうしようかと悩んだ挙句、コンビニで6枚切の食パンを2つ買ってくることにした。このまま家を空けるのも気が引けるが、まさか盗みに来るためにベランダにぶら下がっていたわけでもないだろう。「すぐ戻る」と告げて、コンビニまで全力で走り、食パンを買って戻り、ドアを開けると、十二人の少女たちは四角いこたつ用テーブルを取り囲んで正座しながら、帰ってきたTをいっせいに上目遣いで睨んだ。ドアに背中を向けている側の少女までもがわざわざこちらを振り返って、視線を向けている。はやく何か食べたいというアピールなのかもしれない。
 腹に食べ物が入れば皆おとなしく帰ってくれるだろうと思い、Tは急いでパンを袋から出した。そのまま渡すのも味気ないので、冷蔵庫からスライスチーズを出して一枚ずつ乗せ、配っていった。少女は配られたそばから黙ってもぐもぐ食べはじめ、残りの少女たちは恨めしそうにそれを見つめる。やがて全員がパンをもらうと、十二人分の咀嚼音がかすかに聞こえるだけとなった。あまりに黙々と食べるので、冷蔵庫のそばに立ったまま見下ろしていたTは、テーブルの周りが異様な空間にでもなっているかのように感じた。彼女たちと一緒にご飯を食べる気にはどうもなれなかった。
 全員が食べ終わったのを見計らってTは、
「それじゃ、帰ってくれるかな」
と促した。しかし、誰一人として立ち上がろうとはせず、正座の姿勢のまま、Tを睨んでいるだけだ。
「なんだ、まだお腹がすいているのかい。もうさっきのパンはないし、君たちに分けてあげるほどの食べ物は残っていないよ。おまけに僕は見ての通りお金持ちじゃないから、今月のやりくりもいっぱいいっぱいなんだ。食べさせてあげたいのはやまやまだけれど、他をあたってくれた方が良いかと・・・」
「追われているんです」
「はい?」
 Tが面食らったように問い返すと、少女の一人が詳しいわけを淡々と説明した。感情の全くこもっていない喋り方だが、かえってそこが説得力を感じさせた。曰く、少女達はとある人身売買の商人によって、狭い倉庫に数週間閉じこめられていた「商品」だったが、皆で協力してそこから脱出し、ここまでやってきたという。夜中にひっそりと逃げ出したのだが案外早く気づかれてしまい、追っ手をなんとか撒いてきたが、このまま外にいたのではいつ捕まるとも知れない。もしよければ、ここにしばらく居させてもらえないでしょうか、と、別に哀願するわけでもなくさらっと希望を付け加えた。
 話を聞き終えるとTは、うむむと考え込んで、思わず腕組みしていた。どうもにわかには信じがたい話だ。人身売買?今の日本にそんなおぞましいものがあるのだろうか。しかし現にこうやって十二人もの少女が目の前に居るのだから、どこかから逃げてきたとしてもおかしくない。少女達の話を真に受けるとすれば、ここで彼女らをさっさと追い出してしまったとき、すぐに「追っ手」に捕まり、商品としてどこかに売り飛ばされてしまうのを、案じないわけにはいかない。とはいえ、Tには十二人を養うほどの財力は到底あるはずもないので、匿うことになっても数日ともたないだろう。
 (それでも、)Tは考えた、(こうやって子供に助けを求められているのを無視するのは、僕の理性が許さない。少しでも助けてやれることがあるなら、たとえ金がなかろうと、人間として、男として、人身売買という悪から少女達を守ってやるよう努力するべきじゃないか!)大学もろくに行かず、親からの仕送りで家でぐうたらしていることが大半のTにしては、めずらしく、心を奮い立たせて決心したのである。おそらく、「悪と戦って少女を守る勇敢な主人公」に対する憧れがあったのだろう。昨晩Tが見ていたアニメもそんな内容であった。感化された、とまでは言わぬが、状況のほうから舞い込んできたのだから、そういう意思が出てくるのも分かるだろう。
 とはいえ、要は警察に通報すれば済む話だ。アパートの周りに見張りを立て、「追っ手」が来たところを捕まえてしまえばすべて解決するだろう。Tは受話器に手をかけた。と、その瞬間、受話器のベルが鳴りだした。
「もしもし」とTは応対する。
「おたく、たった今子供をかくまっているだろう」
 その声を聞いただけでTはいやな予感がした。間違いない。商人側の人間だ。何を言われたってひるんじゃいけない。僕は少女達を守るのだから。
「面倒なことはしたくない。10万やる。子供を全員引き渡せ」
 10万?
 ・・・10万。欲しい。
「わかりました」
 金を出すと聞かされた時点で、もはやTに迷うところはなかった。
「よし。十二人を玄関から外へ出せ。今すぐだ。それから鍵を閉めて、べランダで待っていろ」
 Tは受話器を置くと、言われたとおりに少女達を外に出した。みな無言であった。特に抵抗もせず十二人の少女はTの後について玄関まで行き、はだしのまま外へと出た。
 Tはドアを閉め、部屋を横切ってベランダに出た。みずぼらしく目立たない小型トラックが走り去ってゆくところであった。
 あわててもう一度ドアまで戻り、外を見たが、すでに少女達の姿はなかった。
 商人の回収は不自然なくらい速かった。
 Tは商人に10万円を前払いさせなかった自分を、いや、警察に通報しなかった自分を猛烈に悔やんだ。悔やんでも悔やみきれなかった。自分が不甲斐ないせいで、たかが10万の金に目が眩んで先が見えなくなったせいで、十二人の少女達は犠牲になってしまった。その日一日中、Tは部屋中を頭を抱えながらうろつき回ったり転げまわったりして、あげくの果てに壁にゴンゴン頭をぶっつけはじめたのであった。

「それで、肝心のは成功したのか」
「うん。男がコンビニに行ってるあいだに部屋の隅にカメラをつけておいたよ」
「よくやった。さっそく、観賞会といこうじゃないか」
 商人はモニターのスイッチを入れた。画面にはTが部屋の壁に頭をぶつけ続ける姿が中継されていた。十二人の少女達は身を乗り出して画面を覗きこんだ。
「画面がちいさいよ、パパ」
「文句言わないの。あと運転のじゃま!」
「ごめんなさあい」
 そして少女達は、画面に映るTの滑稽な姿を見て、満足そうにニヤニヤ笑っていた。その笑顔を横目に見て、「商人」も満足であった。見知らぬ男相手に一芝居うつのも大変だったが、身寄りのない子供達を幸せにするためなら、彼は何でもするのだった。