キリ番の高速道路

 ゴールデンウィークも終わりに近づき実家や別荘からのUターンラッシュで東京方面へと向かう高速道路は深夜にもかかわらず大渋滞であった。四人家族を乗せた車を運転している父とおぼしき中年男は半醒半睡の状態で、首を大きく上下させてうとうとしていた。あんまり激しく振っているので遠目に見たらヘッドバンギングでもしてるのかと思われるだろう。そのうちに、無精ひげの生えたあごがハンドルの真中のクラクションに当たって、けたたましい音がした。その音で父親は目覚める。前の車の運転手がこちらを振り返って白い目で見た。
「何うとうとしてんのよあんた、ちゃんと運転しなさいよ」と父親を小突くのは助手席に座っている母親らしき女性である。
「お前だってついさっきクラクションが鳴る前まで寝ていたじゃないか」
「私は関係ないでしょう。またそうやってすぐ責任逃れして。つくづく最悪のじじいね」
「どうせ最悪のじじいですよ」
 逆切れした父親はハンドルを思いっきり叩いた。再度クラクションが鳴り響く。その音で後ろに座っている娘も目を覚ました。その隣には娘の兄と思われる中学生くらいの少年が居て、先程から少しも動じず、分厚い数学書を目を近づけて読んでいる。
「それにしてもこの渋滞は酷いわね。さっきからちっとも進まないじゃないの」退屈そうに母親は辺りの車を見渡していたが、ふいに、珍しいものを見つけたような顔をして、斜め前方にある一台の車を指差し、
「ねえねえ、見てあの車」
「何だ」「なあに」父親と娘が同時に反応する。
「車のナンバーよ。ほら。7777だわ。ラッキーセブンよ」
「ほんとだあ。ラッキーセブンだあ」娘が窓に鼻をくっつけて言った。
「なんだそんな事か。くだらない。キリ番くらいで」と父。
「そんな事とは何よ。7777、ななななななななよ。ラッキーセブンが四つもよ」
「今どき車のナンバーがキリ番だからって珍しがることはない。車屋でちょっと金を出せばつけてもらえるものだ。それに1とか7777とかいう数字を付けたがるのはたいてい、頭の悪い連中か、やくざと相場が決まっている」
「またそんな事言って。あんたはキリ番を素直に喜べないの。これだから最悪じじいは嫌ねえ。それに、金を払えばとか何とか言うけれど、この車のナンバーは4523よ。キリが悪いことこの上なしじゃない。おかげで覚えるのも一苦労だったわ。『死後二、三日』なんて語呂合わせしたりしてねえ。そこまで言うなら、お金出してキリの良い番号買ってよ」
「そんなもんに金使って何になるんだ。そもそも、新しく車買う余裕なんて」
「ほら前の車が動いたわよ。早くアクセル踏みなさい」
 ゆっくりとではあったが、渋滞が動き出した。家族はまたさっきまでのように押し黙り、やがて車は長いトンネルの入り口にさしかかる。トンネルの上部の左右に等間隔に並んで続く蛍光灯は、車が走るとともに手元に光と影が交互にチカチカと差し込むので読書には不向きであるはずだが、それでも兄は数学書を読むのをやめない。隣の妹はもうまどろみかけていた。トンネルの三分の一ほどまで進んだとき、突然、母親がまた何かを指差して言った。
「ねえねえ、見てあの車」
「なんだ、またキリ番か」
「違うわよ、あれ、事故車よ」
 見ると母親の指の先には、トンネルの壁に押し付けられた形で一台の車が煙をあげていた。車線から少し外れた脇にあったので走行の邪魔にはならなかったが、その目の前を通る時に被害がくわしく観察できた。左側面は車が激突した跡で大きく窪んでおり、向こう側は壁に斜め下にめり込んでいて、走行車から見える左側の二つのタイヤは地面から浮いていた。ガラスの破片が辺りに飛び散っていた。乗車している人の安否は分からない。
「本当だ。こりゃひどいな。しかも救助の車が来ていない。まだ通報されてないんだろうか」
「深夜ですもの。あんたみたいな居眠り運転の男にやられたんでしょうねえ・・・・・・あ、見て。またゾロ目。2222」
 事故車の前を通り過ぎていった車を指差して母親はまた嬌声をあげる。結局トンネルを抜けるまでにもう2台のキリ番ナンバーを見つけた。4800と、2500。そのたびに彼女はやたらと興奮するのであった。(若い頃とちっとも変わらずテンションの高い女だ)父親はひそかにため息をついた。(いい年してきゃあきゃあされると鬱陶しい。年相応というものがあるだろうに)
 そう思いながらようやくトンネルを抜けると、また事故車があった。それは向かって左手の塀に激突して大破していた。ちょうどここは少しきつめの右カーブになっている。恐らく事故車は左に曲がって、かなりのスピードで正面から突っ込んだのだろう、前につんのめった形で塀に思い切りめり込み、後ろの二つのタイヤが浮いていた。塀が崩れ落ちないのが奇跡的なくらいである。煙は上がっていなかった。
「またとんでもない事故だな・・・あれは後ろから別の車に追突されて手元が狂ったんだろう。テールランプもリアバンパーもぐちゃぐちゃだ。乱暴な運転するやつが多いのかな」
「怖いわねえ。気をつけてよ」あまり怖くもなさそうに女が言った。
「気をつけて何とかなるものでもないからなあ・・・」
 それからもキリ番の車はちょくちょく見つかった。ゾロ目や百の倍数ばかりがキリ番ではない。1234や9876はもちろん、2727や4455のように反復があるものも広義ではキリ番となる。それは誰が定義したというわけではないが、少なくとも例の母親は物珍しそうにいちいち喜んだ。彼女が特別に数字に対して敏感なのでは、と読者によっては思われるかも知れないが、例えば、受験番号が2727だったりすれば何となく縁起がいいと感じる人も多いだろう、それと同じようなことである。
 キリ番の車も多かったが、父親はさっきからの事故車の多さを不審に感じていた。先ほどの事故車のあと、数キロ走っただけでさらに三台も見つけたのだ。いずれもかなり派手にめり込んだり埋もれたりしているのに、いっこうに救助の車が来る気配はない。あまりに事故が多くて対処できていないのだろうか。しかも奇妙なことに、渋滞はだいぶましになっていた。走行中の車はみな事故車を何でもないように避けて、普通に走っているのである。ふと《ハイウェイラジオ ここから》の看板を通り過ぎたので父親はラジオをつけた。
「・・・・・・インター付近は5kmの渋滞・・・その他は平常通りの運転です・・・」
 事故に関しての言及は何もなかった。救助は一切行われていないというのか。男はますます不審感を募らせた。
女はもう黙っていた。あまりにキリ番が多いので、流石の彼女もいちいち指差すのに飽きたらしく、ぼそぼそと「6600だ。その後ろの車が444」などとつぶやいていたが、そのうちそれすらやめて黙りこくってしまったのだ。もはや周りの車の6,7割はキリ番と呼べる番号であった。(まるで事故車とキリ番の数が比例しているみたいね・・・)彼女はふとそんな事を考えていると、突然嫌な予感がひらめいた。目を開けて路上の事故車を探す。前方に一台、転倒した車が見えてきた。ナンバーは・・・5519。やはりそうだ。そうとしか考えられない。女の顔に恐怖の色が差した。
「うそ・・・そんな、まさか・・・」
「ど・・・どうした」男は少し怖気づいて聞き返す。
「そうよ・・・やっぱりそうだわ・・・さっきから事故車のナンバーはどれもキリの悪いものだったもの・・・つまり・・・」
「何が言いたいんだ。キリ番じゃない車がキリ番の車に・・・その・・・はねられる、とでも」
「その通りよ!」
「馬鹿な・・・そんな馬鹿なことが・・・・・・偶然だろう・・・・・・」
 口ではそう呟きながらも、男にも既に確信があった。ここはキリ番たちの高速道路なのだ。キリの悪い車は両脇へと排除されるのだ。それですべての辻褄が合うのだからそうとしか考えられない。そして、彼の運転する車のナンバーは、
「4523・・・」
「『死後二、三日』って語呂合わせでキリ番ってことにならないかしら・・・」
 なるわけがなかった。
 二人は顔を見合わせた。恐怖の色がありありと浮かんでいる。男はアクセルを思い切り踏んだ。
「早く!早くここから抜け出すんだ!」
渋滞はほとんど解消されている。それもそのはずだ。キリ番だけが走る高速道路が混むわけない。後ろの娘もいつの間にか目覚めていて、事態の異常さを悟り、半泣きになっている。窓の外の両側の景色はなるべく見ないようにして男は運転をつづけた。両側にはキリの悪い番号の車が幾重にも積み重なって無惨に山をなしているからだ。男はその間の谷を必死にフルスピードで走り抜ける。時折事故車のボディにぶつかって嫌な音がするが構わない。
「いやぁ・・・助けて・・・」
「もうだめだわ・・・4523だもの・・・助かりっこないわ・・・!」
 その時、今まで何にも動じず数学書を読みふけっていた少年が突然顔を上げて、眼鏡をつまんで言った。
「いや、大丈夫だ」
 ・・・・・・
「どうしてよ。4523のどこにキリ番の要素があるのよ!」
「まあ待って母さん。そもそも俗に言うキリ番なんてものは10の何乗かの倍数というだけであって、数学的に大した意味はないんだ。素数やフィボナッチ数列や完全数のほうがよほど数学的には美しい。特に素数は、素数定理というものがあって、x以下の素数の個数はLi(x)という対数積分で近似できるんだ。美しいなあ。この素数こそ本当のキリ番だ。0が並んでるとかそういう見た目の美しさは真の数学的な美しさではないんだ。で、うちのナンバーの4523だけど、10000までの整数の中に素数は1229個あって、そのちょうど半分の位置、つまり615個目に当たる素数がこの4523なんだ。なんということだ。素晴らしい。ああ素晴らしい。だから僕たちは大丈夫。大丈夫なんだ。うん」
 途中からは誰も聞いていなかった。数百メートル彼方から車が逆走してくる。こちらよりさらに猛スピードを出して向かってきていた。二台の距離はみるみる縮まる。両側の事故車が道をほとんど塞いでいる。もはや一方通行しかできない。そして少年は素数について熱く語る。彼以外の三人が最期に見たものは、ガラス越しの運転手の狂気の両眼と、7777のナンバープレートであった。