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バーチャル政権

 九十二年続いた日本の自民党政権の舞台も、ついに2×××年の総選挙での歴史的大敗により幕となった。敗因は様々なものが重なっていたが、第一に、若い頃からオタク文化に染まってきたエリートたちが政治家を世襲し、日本がサブカルチャー大国と成りゆく中で必然的にそれが増えてくるうちに、ついに内閣がただの恋愛シミュレーションゲームのマニアの集まりとなり、ゲーム内のキャラとの婚姻についての法案を国会に提出するなどの行為を繰り返していたが、もはや人口の八割がアニメとゲームと漫画の世代となっている日本の世論はそれを止めることはせず、政治は急速に内部から腐敗していき、それをマスコミが扇動し、週刊誌の記者たちが身を挺して調査したところ、国の税金でアニメDVDを購入していたなどの不祥事が次々と摘発され、自民党政権危うしと思われたが、その後の選挙では他の党と連立することで何とか自民党は与党にとどまる。しかし、失言党と連立したせいか、その後各大臣が失言を連発し続々と辞任させられ、それをマスコミが扇動し、最終的には総理大臣が答弁のときに名作エロゲーのメインヒロインの名前を読み間違えたため国会が大騒ぎとなり、その場で内閣不信任案が可決され、世論も一気に自民不支持に傾いてきた中で総選挙が行われ、ここぞとばかりにいくつもの党が合併して民社共新党なる党が登場し、それが圧倒的勝利で与党となったのだった。しかし彼らがオタクであることに変わりはない。国民たちは好きな作品を観たり遊んだりすれば幸せなのであって社会保障やら外交問題やらに関しては興味のかけらも示さなくなってきており、何も期待されていない政界はもはや全くもって不要のものとさえ言われていた。
 大敗した自民党の議員たちはここぞとばかりに引退しそれぞれの家にひきこもって幸せに暮らしはじめた。そこで栗原・前文部科学大臣もまた、これを機に政界を引退し実家に帰ることにしたのだった。しかし彼には、とある野望があった。
「要するに国民が政治に興味がないのが問題なんだ。投票率は2割を切っているというじゃないか。国民は政党なんてどこでもいいと思ってるから、今回みたく何か不祥事が起こればすぐに支持率が底をつく。これでは安定した政権なぞ築けっこないのだ。今まで九十二年間自民党は、傾いて柱も腐りきった砂上の楼閣で何とか暮らしてきただけだったのだ。もっと安全な土台に強い柱で城をつくらねばならない。継続的な人気を手に入れるのだ。そのためにはどうするべきか。
 冷静に考えてみれば、私たちみたいな汚らしい中年の男やけばけばしい女たちが集まって行う政治なぞ見向きもされなくて当然だ。時代は二次元。それなら世相を反映して議員も二次元にすればいい。美少女アニメキャラの議員を作ってしまえば男性たちの圧倒的人気獲得は間違いなし、政治家萌えの時代だ。なぜ今まで誰も気付かなかったのだろう」
 実在の人物ではなく、架空の美少女キャラクターを政治家にする。発言はすべて栗原が操作する。これがすなわち彼の野望であった。栗原は政治家になる前に趣味でソフトウェア製作の専門学校にも通っていたし同人活動も若いころ活発に行っていたこともあって、プログラミングには相当精通していた。元政治家お得意のコネを使って人気イラストレーターと契約し、自らが描いたキャラクター原案をもとにバーチャル・ポリティシャン「泉さかえ」を創り出した。口の開き方、表情やポーズを変えて何十パターンも描かせた。また、若手だが才能のある声優を引っこ抜き、さまざまな発音をサンプリングし、政界用語などはそのまま録音し、発言エディタをプログラムした。エディタのテキストボックスに発言をタイプするか、または音声ディクテーション(聴き取り)によって思い通りに流暢に発音することができるようにする。栗原は寝食を忘れてひたすらプログラムを組み、作りに作りこんだ。引退から半年もしないうちにすべてが完成した。
「日本の未来を担うポリティロイド、泉さかえ、泉さかえです」
「よし……完璧だ」
 キャラクターのしぐさは素晴らしかった。発音と口の形は完璧に一致し、眉の形、瞬き、首の傾げ具合から艶のある髪の毛のなびき方まで徹底的に凝りつつも、リアルに徹しすぎずあくまで二次元絵の魅力を存分に保っている。声は狙い通り少し幼めに調整しつつ、機械のたどたどしさや平坦さを全く感じさせず、抑揚のあって聴き取りやすい口調だ。
 あとは次の参議院選に出馬するだけだ。しかし栗原はある一つの事について、迷っていた。読者にはどうでもいいと思われることかもしれないが、この場合はそれが大きな意味を持つようになるのだ……それは、年齢である。二次元の世界での年齢設定は10代から20代前半がほとんどである。年をとらないのだから皆ずっとその若さのままだ。アイドルの年齢を30代なんかに設定するようなばかな真似は誰もしないのである。ところが、参議院の被選挙権の規定は、30歳以上なのだ。衆議院は25歳以上。栗原は三日三晩悩みに悩み続け、泉さかえの年齢設定を25歳で妥協することにした。すなわち、衆議院選挙まで待つということだ。
 ポリティロイドの人気で自民党を建て直そう。そう思っていた栗原だったが、しだいに「せっかく新しい試みをするのだから自民党として出馬してはもったいない」と、新政党をつくる意気込みが強くなってきた。党の名前を色々考えた。ストレートに、「さかえ党」。清新な感じの語感を重視して、「新党二次元」。空想上の女の子が国を動かし形作る、バーチャルな未来への希望をこめて、「空想実現党」。「ヴァーチャルハッピークリエイツ党」「萌え萌え党」「ニコニコ党」なかなか決まらない。しかし、冷静になってから考えると、そもそも党員が泉さかえ一人なのだった。とりあえず無所属で出すことにした。

 衆院選までの二年間を無駄にしてはいけない。栗原は早速先手を打ちはじめた。漫画家・アニメ制作会社・ゲーム開発会社・ライトノベル作家などとも契約し、政治家・泉さかえをヒロインとした作品を制作しろと注文した。商業戦略によって有権者=サブカルチャー消費者に刷り込みを行うのだ。翌月から大手の少年・青年漫画雑誌で二つ同時の新連載「さかえのセイカイ!」が始まった。主人公はもちろんどちらも泉さかえだが、少年誌のほうでは読者層も考慮して設定に工夫をこらした。「ちょっと気の強い高校生・泉さかえちゃんはいまどき珍しい政治好きな女の子。日本の腐った政治につくづく嫌気がさしたさかえは、ある日国会議事堂に単身乗り込んで強引に改革をはじめるが……!?」というあらすじだ。政治に興味のある読者はそうそういないから学園モノやバトルやラブコメの要素も大いに盛り込んで未成年者に媚びる。数年後彼らが有権者になったときのため、なるべく若いうちに刷り込みを行うのだ。そうすれば作品を知っている有権者ほぼ100%泉さかえに投票する。ポリティロイドの本来のターゲットと読者層がかぶるであろう萌え系の漫画雑誌でも4コマ漫画「かいかくっ!」が始まった。泉さかえ大臣のもとでの内閣や官僚や議員による政界のゆる~い日常を描いた作品だ。意外とこういう作品のほうがアニメ化にも直結する。金に折り目をつけない栗原の監督のもとで作家たちは豊富なアシスタントとともによく働き、漫画は3作ともかなりの好評をもって迎えられ、ライトノベル「泉さかえの改革」も相乗効果で売れ、衆院選の半年前にはアニメが放映開始され、深夜枠としては異例の高視聴率を記録した。関連グッズやキャラクターソングが出始めるころになり、いよいよ人気が高まる中、衆議院選に突然立候補した「泉さかえ」。人々はアニメのキャラクターが実際に出馬したことに、さすがに戸惑ったが、選挙カーの上に取り付けられた画面から手を振り「よろしくお願いします」と、アニメと同じ声優の声で呼びかけられるのだから、何かの冗談かとも思いつつも、選挙区の人々はつられるように皆が泉さかえの名前を書いた。
 商業戦略は見事に成功したといって良かった。泉さかえは初出馬にして圧倒的な得票数で衆議院議員になった。その発言を裏で操作するのは、元文部科学大臣という実力を持った栗原である。しかし同じ発言でも年寄りが言うのと、若い女性――しかもアニメのキャラだ!――が言うのでは耳を傾ける人の気持ちも違う。国民からの人気は絶大だったが、一方、他の議員には相当憎まれていた。ぽっと出の、そして二次元の若い女議員なんかに負けるのが、皆くやしいのである。しかし、泉さかえ事務所に時折やってくる嫌がらせの電話や手紙は、栗原がわざと流出させてネット上に晒し、ファンの感情をいたずらに刺激させ、彼らの他政党に対する憎悪を植えつけることに成功した。
 さて国会では、長らく懸案事項とされてきた児童ポルノ全面規制の法案について熱く話し合われていた。児童ポルノ(実写ではなく、あくまで創作物)について自民党は何十年も目をつむってきた。一説には、首相官邸にかなりの「その手のもの」が保存されているからだとも言われていた。二次元の時代とはいえ子供が性対象となる作品への社会の嫌悪感は厳しく、日本にそのような創作物が溢れていることへの世界各国からの目は冷ややかだった。そこで民社共新党はこの児童ポルノを全面的に規制する法案を今期の国会で何がなんでも可決してみせると公約し息巻いていた。「私たちは自民党とは違う、『健全なるオタク』です」と自称し、過度の性描写を排除し健全な作品だけを普及させることで日本の精神文化的復興を図ろうと謳った。
 ところで栗原は「その手のもの」をいくつか持っていた。前内閣の厚生労働大臣から勧められたロリ鬼畜系ノベルゲームに一時のめりこんで仕事を投げ出し朝から晩までやっていたこともあった。だから児ポ法には反対の立場であった。しかし現在大きな議席数を占めているのは民社共新党であるから、このままでは簡単に可決されてしまう。それなら、世論をこっちの味方につければいい。栗原は行動を起こした。まず御用達のイラストレーターに指示して、泉さかえ・幼女ヴァージョンを描かせ、世に放った。もともと25歳の設定だった姿をデフォルメし、等身を低く眼を大きく胸を小さくして、ちびキャラのかわいさを十二分に引き出した。世間には愛されキャラとして受け入れられ子供にもマニアにもシニアにも幅広い支持を得た。その裏で、いくつもの成人向けゲーム製作会社に依頼して、幼女化された泉さかえをヒロインとしたエロゲーを何本も作らせた。和姦もの陵辱もの泣きゲー鬱ゲー抜きゲーなどの様々なジャンルを網羅するためだ。
 ヴァーチャル政治家も一人では物足りない。それに栗原には新しい党を作る野望があった。ポリティロイドだけで構成された党だ。そのために新たなポリティロイドの製作に取りかかった。栗原はすでに発言管理などの《仕事》で忙しいので彼一人で作るのには無理があった。そこで、信頼できる昔の同人仲間や知人などを集めて極秘チームを結成し、ハイペースでの作業が進められた。キャラクターは既に泉さかえ関連のコミックやアニメに登場している人気脇役たちを使うことにした。その方が宣伝効果も高い。
 そして今まであまり考慮してこなかった女性層をターゲットに、男性キャラにも力を入れた。ボーイズ・ラブを連想させるような売り込み方を考えた。その方面に詳しい栗原の妻も様々なアドバイスをして、二人組のキャラクターを新たにつくりあげた。官僚と政治家のペアである。カップリングしやすそうな立場関係だ。栗原はいつも口癖のようにこう言っていた。「とにかく国民のツボをおさえて幅広いニーズに応えることだ。キャラクターは、多ければ多いほど良い」

 泉さかえオンリーイベントが開催された。二次創作はパロディから男性向けエロもボーイズ・ラブ系もあった。もちろん栗原は抜け目なくここにもテコ入れをした。「さかえのセイカイ!」「かいかくっ!」それぞれの漫画が掲載されている雑誌の連載陣に声をかけて泉さかえアンソロジーを描いてもらったのだ。売れ筋のプロ漫画家たちが寄稿しているのだから単なる二次創作とは違う。企業ブースという形でそのアンソロジー本をイベントに出したところ、会場は予想を上回る大盛況で、混雑でほとんど身動きもとれないような状況の中で熱中症になって倒れた客の上を容赦なく他の客が踏んづけてお目当ての商品に猛進したせいで背骨や肋骨を折られた者が20人を超えるという前代未聞の事態になった。「死者が出なかっただけ幸運だった」と栗原は言った。
 国会の議席の上に置かれたモニターの中にいる泉さかえはとても積極的に発言した。傍聴席はそれを見守るファンの人々でいっぱいだ。「さかえタン万歳」なんて旗をはためかせながら大声を出してアイドルのコンサートのように応援するものだから議題進行の妨げにもなる。総裁は怒り狂ってマイクを引っつかんで傍聴席に投げつけた。コントロールを外し壁にぶつかって跳ね返り、それが泉さかえのいるモニターに直撃し、液晶が割れて画面は真っ暗になった。
 30分後に、かつてないほど大規模なデモ行進が始まった。傍聴席にいた一人が携帯からネットに書き込むとすぐに掲示板はレスで埋め尽くされオタクたちは家を飛び出して行進に参加した。人数は瞬く間に膨れ上がり最終的に80万の民衆がめいめいの泉さかえグッズを掲げながら国会議事堂に押し入った。
「泉さかえ万歳、オタク達よ団結せよ、打倒政府、二次元革命だ」
 誰からともなく革命という言葉を連呼しはじめた。革命歌はアニメのオープニング曲だった。警備も何もかも振り切って通常国会の真っ最中にオタクがなだれ込んだ。漫画・アニメでの刷り込みとネット世論によって、彼らの民社協新党への怒りは頂点に達していた。機関銃の引き金を引く軍事オタクや、引きこもりのうっぷんを晴らすべく鈍器を振り回す者もいたが、大半の者は泉さかえグッズしか持ってきておらず、おまけに腕力に自信もない。苦し紛れに抱き枕を投げつけるなどの無意味な行為を繰り返しながら革命を叫んでいた。議事堂はたちまち血と弾と枕の飛び散る阿鼻叫喚の相を呈した。その様子がテレビで放映されそれがすぐさま動画サイトにアップされ一日でコメントが1000万を超えた。
 革命は成功した。民社協新党は民衆の力でこてんぱんにされ再起不能となり、国会議事堂は取り壊され、秋葉原にきらびやかな宮殿が建設された。栗原はただ新政府を構成すればよかった。新しいキャラクターを大幅に追加して、さかえ党の一党独裁体制が確立した。ついに、完全なるバーチャル政権が誕生したのである。予想外の展開の速さに栗原は狂喜した。
 こうなってしまったからにはもう止まるところを知らない。児童ポルノ法なんてどこへやら、国民生活をバーチャルと同化させることで完全なる楽園を作り出すという壮大な改革が始まった。今やフィクションとしてのサブカルチャーは終わりを告げた。フィクションだったものが即ち現実となるのだ。国民は作られた天国的な世界に溶け込むのだ。

 幾年かが過ぎた。声優たちは年とともに声色が変わったためくびにされた。栗原の生涯最後の仕事は、声優たちがキャラクターを演じた今までの全ての音源から単語を抽出してデータベースを作ること、そしてそれを利用して、もはや彼自身が発言を操作しなくとも自動的に国民の喜ぶような言動のパターンをとるべくポリティロイドのプログラムを組むことだった。それは、人工知能ではない。すべてのサブカルチャー作品は王道的展開パターンの組み合わせから成り立っているのだ。だからそれらのパターンで全キャラクターの言動を処理すればいい。そうすればこの国は永遠に安泰なのだ。栗原はそう呟きながら、休むことなくキーボードを叩いていた。

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