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 仮にこんな仕事があったとする。渋谷駅を降りて、しつらえられた喫煙コーナーに隔離された愛煙家、老いも若きも、スーツ姿もブランド固めも、立つ壁にもたれ、誰とも目をあわせずにタバコをふかし、耳と肩とに携帯はさんで通話しながら灰をおとしている人々を、品定めして、一人選んで尾行する。ひと気のなくならないこの街では耐え忍んで、用事をすませ、電車に乗り、帰路についたあたりでそろりそろりと近寄り――爬虫類のベロのようなすばやさで後ろから首に手をかけ、マヨネーズをしぼり出すように力をこめる。
 ぐったりしたヘビースモーカーを、ていねいに折り畳んで、スーツケースにしまって本部にもどると、近場の駅で仕事をしている同僚たちは獲物の処理にもうとりかかっていて、遅れをとらぬようこちらもあわただしくトランプ・カードを、書き物机の引出しから一式取出す。慣れた手つきでスペードのジャックを引き、スーツケースの側面の溝にスッと通すやいなや、中で悲鳴があがる。若い女の声のときは、とくにさわがしいので、あらかじめ耳栓をつけて作業するが、いつでも一分もしないうちに叫びは嗚咽にかわり、早すぎた埋葬に抗議する死体のようにげんこつで内壁を叩く音がくぐもっている。それが収まるのに時間がかかるときは、途中でトイレに行っても特に問題はなく、うんこをトイレですることによって、おしりを拭かなければならない社会的重圧がひしひしと感じられても、ある程度柔軟に対応できる。
 手を洗って戻ると獲物は静かになっていたので、ふたを開けて衣服を脱がせ、ズボンのポケットや手提げ鞄をまさぐって煙草の箱を探し当てると、百円ライターで点火して、汗に光る背中に先端を押し付け模様づけしていく。けむりと肌の焦げる匂いがうす暗い部屋に立ち込めるなかで、仕事人は黙々と作業する、この作業は慎重さと集中と、特殊な心的状態が要求されるのだから。短くなった煙草はスペードのジャックの上にこすりつけて置くが、さっきこのカードでおしりを拭いてしまったため、折れ曲がって不安定な形をしているので、置く際にもまた注意力を要する。
 焼きごて作業は遅々として厳かにすすみ、ようやく点描の構成する紋章の全体像があらわれる――天を見上げ、座って吠える、横顔の、抽象的な動物――ライオンのようなたてがみもあり、狐のようなしなやかな体つきにも見え、尾は鳥類のそれのように扇形を思わせる。犬の従順さも、獅子の猛々しさも混在して、彼は空高く昇った太陽を、崇拝し、あるいは挑みかかり、しかし怯えてもいるようで、神々しさを放ちはじめるかと思えば、次の瞬間ただの過剰な根性焼きへと還元されて冷や水を浴びた気分になりうる。
 キャンバスに目をこらしていた彫り師はふと顔を上げ、全体のバランスを眺めて最後の一筆を入れていく。完成品は部屋の隅にひっそりと横たえられたブナの神木にうつ伏せにくくりつけ、十一体すべてが揃うまでは黙ったままの仕事人が吸い殻を一か所にまとめて後で掃除するときの手間を軽減する。
 真夜中に儀式ははじまる。ブナの葉を身にまとい、どんぐりの首飾りをした少年たちが神木の両側に陣取り、ラジオの深夜ニュースのジングルが鳴り始めると同時に抱えあげる。開いている扉から出て、殺風景な廊下の突きあたりから狭い階段を下りる。長い神木をターンさせるには踊り場で縦向きにする等工夫が求められ、少年たちの額に汗がにじむが、木にくくりつけたラジオからのニュースが終了する前に地下室へと運びきらねばならない。
 一条の光も差さぬため、六方黒く塗りつぶされていることに必要性を認められない、何もない地下室は、天井が大聖堂のように高いことが、空気の感じからおのずとわかる。神木が到着するとそこに立っていた司祭がラジオをまさぐって消し、手にしたタンクから十一体の捧げものに聖油を注ぎ、聴き取り得ない低音の祈りをつぶやく。それが終わると司祭はローブの下からマッチと一本の煙草を取り出し、火を点けて神木の先頭の少年に手渡す。暗闇に少年の細い顔だけが浮かび、司祭が出て行ってドアを閉める音がする。ドアの外には仕事人たちが、ひざまずいて待機している。
 短い沈黙のあと、地下室の中で炎の燃え上がる音がする。内部の酸素がなくなるまでその窓のない空間で続く焚き火を胸に描きながら、司祭を先頭に彫り師たちは扉に向かい、頭を垂れて待つ。それが、太陽神への生けにえの儀式である。
 後片付けは日の出までに済ませて、その晩の仕事は終わる。給料は日当で五万円から八万円。交通費は支給される。

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