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独文独歩 3

 ホフマンスタール
 『チャンドス卿の手紙 他十篇』

 Hugo von Hofmannsthal, 1874-1929
 Ein Brief

 芸術を鑑賞するとき、我を忘れて作品に没入するような状態は、そう頻繁に起こるものではない。とくに好事家タイプの人にとっては、作品に距離を置いて接し、表現の工夫のなされ方をアタマで把握し、知的な言葉に置き換えて理解して、精神的満足を得るのが、絵や文芸や音楽との普段の付き合い方です。しかしホフマンスタールはそういう言語を介した付き合い方には限界があると言っている。
 チャンドス卿の手紙(Ein Brief, 1902)といえば、言葉とモノとが乖離する二十世紀の危機を予知した作品として有名らしく、抽象的な概念を使った説明がどうにも上滑りになるという、誰しも軽く経験したことのある思いが切々と綴られます。

 わたしの症状といえば、つまりこうなのです。なにかを別のものと関連づけて考えたり話したりする能力がまったくなくなってしまったのです。
 まずはじめは、高尚であれ一般的であれ、ある話題をじっくり話すことが、そしてそのさい、だれもがいつもためらうことなくすらすらと口にする言葉を使うことが、しだいにできなくなりました。「精神」「魂」あるいは「肉体」といった言葉を口にするだけで、なんとも言い表しようもなく不快になるのでした。(…)ある判断を表明するためにはいずれ口にせざるをえない抽象的な言葉が、腐れ茸のように口の中で崩れてしまうせいでした。

 事物にどんな感銘を受けようとも、それを人に伝えるには、あり合わせの言葉を組み立てて、多少の齟齬は堪忍しつつ表現するしかない。ところが言語は主体と客体とを媒介するメディアにすぎないから、感動しすぎて作品と一体化してしまう際には、批評の言葉は介在しえない。
 世紀末ウィーンのユダヤ系名家の一人息子で、十五で原書でホメロスの読める天才児だった作者は、この頃大学教授になるための論文を書いていたのですが、自分は概念をいじくり回す文学研究には向いていないと思ってこういう架空の書簡を書いたのだそうです。
 するとその後はやはり、新たな言葉でもって作品との神秘的な合一を表現しようと試みるわけで、『帰国者の手紙』(Die Briefe des Zurück-gekehrten, 1907)の四通目や『ギリシャの瞬間』(Augenblicke in Griechenland, 1908-14)の第三篇ではゴッホの色使いやギリシャ彫刻に託して延々それが語られていたけれど、僕にはまだ実感をもって迫ってはこなかった。それよりも『手紙』において、酪農場の倉庫の鼠たちが毒殺されるというグロい光景を思い描いたときに「はるかに憐憫以上のもの、また憐憫以下のもの」を感じるという記述が印象に残りました。チャチな人間の同情を超えた何かしら無限性のものが、阿鼻叫喚の中にはあるのだと思います。
 あと若書きの『第六七二夜のメルヘン』(Das Märchen der 672. Nacht, 1895)は、耽美的なニート生活を送っている青年が、召使たちの視線におびえ、街をさまよい歩いてのたれ死ぬという謎の話で、メルヘンどころの騒ぎではなく気になる作品でした。千一夜物語との関連はよく分かりません。
 ホフマンスタールは主に劇作家でヨハン・シュトラウスのオペラも何本か書いていますが、この檜山哲彦訳の岩波文庫は初期から中期にかけての散文を集めたものです。

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