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独文独歩 8

 カフカ
 『失踪者』

 Franz Kafka, 1883-1924
 Der Verschollene, 1914

 身銭を稼ぐためだけに働くのは辛いことだが、それを辛いと思わなくなるのが大人の条件である。仕事にやり甲斐を、職場に居場所を見付ければ、辛さを誇りに変えることは難しくない。しかし意義を見出せず、溶け込めもしないのであれば、その人はあてどなく放浪し続け、どこにも辿りつかずにいるだろう。
 失踪者カール・ロスマンの旅はどこにも向かわない旅だ。『審判』のKは自己弁護を、『城』のKは測量をしようという意志に則って行動するが、それら以前に書かれた『失踪者』のカールはひたすら受動的に、女中に逆レイプされ、アメリカに追放され、伯父のもとから追い出され、ドラマルシュとロビンソンの旅にのこのこ付いていく。ホテルのエレベーターボーイもクビにされ、ドラマルシュの愛人ブルネルダの身辺介護を手伝わされるはめになる。何かを求めて新世界に来たわけではないのだから、降りかかる環境の変化を甘んじて受けねばならない。事態に巻き込まれるだけの主人公の意志は踏みにじられ、一切が思い通りにいかない。
 カフカはこの小説の進捗を、のちに二度の婚約と婚約解消をするベルリンの恋人フェリーツェに仔細に書き送っているが、作中における異性のキャラクターといったら一筋縄ではない。とくにポランダー氏の娘クララは顕著にこじれている。わたしの部屋でピアノを弾け、とカールに迫って力ずくで引っ張り、羽交い絞めにしてレスリング技をかけるような女である。

「レディに対して無礼をはたらいた罰ってものよ。一発くらったほうが、あんたのこれからのためにいい。残念だわ、なかなか可愛い坊やだものね。柔術を習っとくの、そうすれば、やり返せるわ――ほんとにピシャリとくらわしてやりたい。してはいけないだろうけどさ。この手が勝手に動きだす。(…)あんたの頬っぺたがはれあがる。恥を知るなら――いいわね、恥ってものよ――とてもおめおめ生きちゃいられない、とっととこの世からおさらばするの。でも、どうしてなの、どうしてこんなにさからうの、わたしが気に入らないの? わたしの部屋に来たくないの? ほんとにピシャリとやりたいわ。今夜は我慢してあげる。(…)いいこと、覚えておくの、いま平手打ちをくらわさなくても、このざまをごらん。みっともない格好じゃないの、平手打ちをくらわされたのと同じこと、わかるわね、わからないようなら、ほんとうにくらわしてやる。(…)」

 直前でグリーン氏にセクハラされているときのしおらしさはどこへやら、謎の論理で一方的に叱責してくる。取っ組み合いには溜息やほてった顔などエロティックな描写がでてくるから、あるいは性的な隠喩を含んでいるかもしれないが、それにしても意味がわからない。カールは腕っぷしを磨いていつかレスリングで復讐してやりたいと考えるが、結局クララの部屋に行ってピアノを弾くはめになる。すると彼女のベッドに寝そべった許婚のマックが拍手して登場――やっぱり意味がわからない。
 とにかくカフカが、女性との関係に猛烈なアンビバレンスを持っていることだけは感じられるのである。ただしそれ以降も常に歪んでいるとは一概には言えなく、調理主任の秘書で薄幸のみなしごテレーゼとの楽しいひとときなどは珍しく健全だが、一月半で職場をクビになって離ればなれ。後半に登場する、超肥満にして要介護、しかし色気は妙にあるらしい女歌手ブルネルダときたら小説中きっての強烈なキャラクターのわがまま女である。
 男も男で曲者ぞろいなので、女だけに不条理の原因をかぶせるわけにはいかないが、冒頭の火夫の場面以外はどのシーンにも中核となるヒロインが一人ずついるようだ。カフカの作品でよく指摘されるように、男たちどうしはどこでも身分差と権力関係の構造を形作っている。しかし女はそのヒエラルキーの枠外にいるのだ。彼女たちがこの謎小説の解読の鍵を握っているにちがいない。
 白水社の軽妙洒脱な池内紀訳で読みました。

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