独文独歩 20

 アドルノ
 『文学ノート』

 Theodor W. Adorno, 1903-1969
 Noten zur Literatur, 1961

 形式としてのエッセイ
 Der Essay als Form

 近代の実証的な論文におけるような、対象を分割して明確に定義された諸概念に還元し、一義的に把握することで、ひとつの完全な体系に確実に近づいていこうとする方法論には、限界がある。アドルノは、そのアンチテーゼとしてのエッセイ、すなわち諸概念をあえて不明確なまま用いて、叙述し、文脈を織りなすことで活気のある「場」を再現し、体系化を拒みながら他のエッセイとのモザイク的関係の中で無限に展開するような形式、学術的な概念を使ってはいるが、芸術作品の美的センスに立脚しているような、混血的な論文のあり方を提唱する。エッセイが対象をとらえる際のこのような手法は、抽象化するほど真理に近づくというプラトン的伝統にそもそも反し、またデカルトの方法序説における準則にも反し、かといって芸術の非概念的な直観にも徹し切れていない点で、学問でも芸術でもないみじめな雑種であるとされてきたが、そこには学問とは異なる客観性があり、学問の行う抽象化によって失われたものを多少とも償おうとする。それは文人タイプのディレッタントの認識を再評価し復権しようという試みである。エッセイは修辞法が聞き手に与える快感を否定しないし、みずからの不完全さ・相対性の意識から生じる不断の自己反省と緊張によって、学術報告にはない自律的な叙述を実現するので、決して単なる雑文ではないし、むしろ美的なものをよく保持し得ている。
 注目すべきことに、アドルノによればエッセイは、個別のテクスト、すなわち媒介されたもの、派生物、人為の所産に徹することで、もはや人間にとって自然が存在しないこと、社会化された精神にとって根源性がまやかしに過ぎないことを確認し、それによって自然のもの、直接性の理念にむしろ敬意を表すのである。これが彼のいうAlexandrinismus、文献学的注釈に没入する晩期文明のあり方である。
 今まで既存の形式を満たすことができなかったエッセイを、むしろ新たな形式であると宣言したこの文章、『文学ノート』というエッセイ集の巻頭に収められた文章は、アドルノ自身の書き方の立場を表明しているものでもある。
 
 ロマン主義の「断章」

 初期イエナ・ロマン派のフリードリヒ・シュレーゲルやノヴァーリスが、文学・哲学を論じる際にしばしば好んで用いた、短い断片や、人物の対話という形式は、アドルノの言うところのエッセイと共通する特性をいくつも持ち合わせている。
 アドルノ本人も認めているように、概念を列挙していくことで対象を完全に把握すべきである、委曲を尽くすべきであるという十全性の要求を、そもそも不可能であると否定するという、エッセイの態度は、完成を放棄している「断章」の外的形式そのものに属する特性と一致する。シュレーゲルによれば、古代ギリシアでは文学作品は自然的に形成され、一つの総体をなしていたが、時間とともに断片化してしまった。それに対して近代の文学は成立段階から断章であり、完全な総体はその人為的な積み重ねによって事後的に得られるのだという。統一的美が挫折したところに近代が始まるのだから、そこでの作品は全体性よりも部分性が重視され、しかも自らが部分に過ぎない不完全なものだという意識が常につきまとう。この否定性こそ「イロニー」とよばれ、小さな断章が、自己反省を通じて無限に自己展開する契機をなすものである。
 ノヴァーリスの書く「対話」は、登場人物のうちどちらが正しいということを問題にしていず、むしろ両者のすれ違いそのものに力点が置かれている。作者にはクリアカットな主張があるのではなく、片方のセリフとして書いた意見をすぐさまもう片方の人物の発言によって相対化し、それをまた批判する、というふうに書き進めながら、自分は両者にも与せずに無視点性を保ち続けているのだ。最終的な結論も出さず、結末では会話を跳躍させて議論を打ち切る。これらの特徴はまさしく、断片性と、その意識にもとづく自己反省の繰り返しを如実に体現している。
 さらに、ロマン派の断章や対話において用いられるさまざまな概念は、定義を一意的に決定することができない。曖昧に書かれているゆえに、アフォリズムと同様、何について語っているかについての複数の解釈がありえる場合がある。しかしこの概念の曖昧さは、戦略的なものであり、当時のヨーロッパ文学の悪しき状態として彼らが考えていた、概念が衝動から分離している頭でっかちの啓蒙主義・観念論を打破するための方策なのである。彼らは哲学的出発点であるカント・フィヒテの概念から出発してはいるが、その概念を厳密に観念的に使用することはない。実はそれらの概念のうちに、念頭にある過去の作品や、自分の創作のあり方といった具体的事象を読み込んでおり、したがって一見抽象的な観念体系であるときも、常に実感主義的であるのだ。
 シュレーゲルの断章において行われることは、分離と再結合、分類と関連付けの繰り返しである。しかし分類するための概念は常に大ざっぱであり、断章ごとに分類のしかたはすべて異なる。これらすべての断章で使われている概念をすべて通覧し整理して、意識的にある体系として統一しようとすれば、個々の断章の多様性を取りこぼしてしまい、上澄みのようなものしか残らないであろう。厳密なひとつながりの論ではなく、あくまで断章の集積というファジーな形であることによって、ダイナミズムが生まれ、語彙の連関による緩やかな体系が形作られるところに、多様性と統一性との弁証法が実現しうるのである。

 両者の違い エッセイの「二重の諦め」

 ロマン派の「断章」の特徴と、アドルノの「エッセイ」の形式は、全体性よりも部分性を、厳密な定義よりも奔放な展開を旨とする点で共通していた。しかし両者の色調は正反対のものである。
 ロマン派は古典古代的な自然的生成、全体性を諦めたが、それはポジティブな諦めだった。無意識的に形作られたものが崩壊したのはやむを得なかったのであり、今度は自分たちが意識的に、人為によって再び全体に到達すればよいと考えたからである。ロマン派がつねに自然哲学を語ることも、全ての始源への希求がきわめて強いことの表れである。理系知識のバックグラウンドをもとに自然学的・数学的なメタファーを多用するノヴァーリスもそうであるが、リヒテンベルク、ハラー、アルニムら自然科学実験と切り離せない作家たち(そしてゲーテ)にとっては、科学と芸術の融合、自然科学と文学のあいだにある神秘的なアナロジーを、常に実感として持つことができたのである。
 しかしエッセイはそれも諦めた。エッセイは既存の文学、言語について語ることに終始するが、そういった文化の所産は、もはや自然とは関係ない。われわれは、どんなに根源を見ているつもりでも、実は媒介された派生物を見ているだけであり、けして自然と直接的に関わることはできないのだというのが、アドルノの考えである。そうである以上、派生物のとりこになり、その媒介性を意識しながら、自然に対して距離を保つほうがよいのだ。
 人為によって根源に到達しようというロマン派の計画を、近代科学の実証主義が受け継ぎ、それが挫折の様相を呈したとき、アドルノの独身者のような態度は生まれる。それは実証主義の貧しさをいくばくか補完するという消極的な態度である。しかしこの冷たさは、ロマン派の全にして一なる自然への飽くなき志向と同じ理由から来るものであることを考えれば、実は隠された情熱の裏返しなのかもしれない。